わくわく題詠鳩の会


鳩の会会報109(令和4年5月末締切分)
兼題 夏の海・牡丹
【Advice】会報のお届けが大変遅れて申し訳なし。遅れた理由のひとつは、ひろしさんの「ぼうたんの散るほかはなき白さかな」という句を読んだ戸惑い。それは海紅に「卯の花の散るほかはなき白さかな」(海紅句抄2022.5)があったため。類型句の発生は俳句が定型詩である以上宿命的な課題。長い俳句経験を持つひろしさんが「散るほかはなき」とつぶやくのは著名な古典に「散るほかはなき」というフレーズがあって、血肉となっていたからかも。そう考えてあれこれ調べてみたがシックリくる作品に出合えなかった。
芭蕉の「世にふるもさらに宗祇のやどり哉」は宗祇の「世にふるもさらに時雨のやどり哉」に意図的に依拠したもの。一方、高野素十を囲む句会で「一本の枝垂れ桜のあるゆゑに」と「一本の枝垂れ桜のゆゑにかな」という酷似する二句が出たことがあると聞かされたこともある。この場合はモノの見方が同じグループゆえのドラマ。「あるゆゑに」が素十句。「ゆゑにかな」の作者も聞いた気がするが忘れてしまった。
もう少し勉強して、「論文を読む会」などで取り上げても面白いと思っている。皆さんも考えてみてください。
句はABC三つの符合で評価しています。その意味するところは以下の通りです。
A:省略が利いて、抒情あきらかな句
B:季感が備わるスケッチ
C:焦点定まらぬつぶやき
A 母ゆつたりと荷物番夏の海    由美
・母以外が奔放に遊ぶさまが見える。「ゆつたりと」という描写に豊かな情味。
A 婚姻の知らせキラキラ夏の海   エール
・もう一度こうした時空からやり直したいと思わせる。そこがいい。「キラキラ」も素直。
A 絵日記に描けぬ眩しさ夏の海    真美
・描けないね。描けないと思ったところに情味あり。
A 古式泳法得意げな父夏の海    貴美
・競技とは異なる伝承文化。いつまでも得意げであり続けたい。
B 防波堤釣り糸たらす夏の海    蛙星
・よく見る景色だが、「夏の海」では一句に締まりが出ない。
B 松原を抜ければどーっと夏の海   ちちろ
・波か人波か、はたまた人声か、「どーっと」という副詞が何に掛かるかあいまい。
B 猛しを忘れし如く夏の海         鹿鳴
・「猛し」はタケシか。「忘れし如く」という主観がやや鼻につく。
B 夏濤の彼方紫紺の富嶽かな   ひぐらし
・絵葉書を思わせる。そこが弱点。
B 松風や夏の海より子守唄        海星
・「子守唄」は比喩なのだろうが、やや不明瞭。
B 仁王岩津波を睨む夏の海        梨花
・松島湾の仁王岩か。ただし「夏の海」では一句が締まらない。
B 手をひかれ踏みし足跡夏の海    千年
・過去の助動詞「き・し・しか」は直接経験に基づく回想に用いるが、この句の場合、人情自(作中人物自らの心情)か、人情他(作中人物を他から見た心情)なのかわかりにくい点がある。
B 夫の里からペダルを漕いで夏の海   紅舟
・回想句とみたが、字余りで散文的なところに難あり。捨てがたい記憶のどこかを言外に仕舞い込む必要がある。
B 潮の香に誘われ着いた夏の海   ミチヨ
・「潮の香に誘われ着いた」はごく普通の世界。それでかまわないのだが、読者に新鮮な感動を与えるほどではない。
C バックミラーに魔性どこまで夏の海   瑛子
・「魔性どこまで」が作者独自の世界。それを読者に披いてほしい。
C 松籟にあひだの僅か夏の波   香粒
・「あひだの僅か」が画像を結ばない。
C 夏の海黙したままに沖の船   美知子
・「黙したまま」なのは海か、船か。
C はしやぐ子の声を記憶に夏の海   京子
・「はしやぐ子の声を記憶に」は難解。回想か、それとも眼前の情景か。
C さざめきも溶けてゐる色夏の海   偲子
・「さざめき」の原義は〈ザワザワと賑やかな音〉だが、それが「溶けてゐる色」とはどのようなものか難しい。
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A ぼうたんの散るほかはなき白さかな   ひろし
・花王である牡丹の崩れるさまを描いて情味豊か。なお、海紅に「卯の花の散るほかはなき白さかな」(海紅句抄2022.5)がある。この件は【Advice】参照。
B 夕牡丹一輪灯し社員寮   馨子
・「一輪灯し」は写実のような、そうでないような。
B 白牡丹一輪で良しそれが良し   つゆ草
・「一輪で良しそれが良し」は俳句によくある常套句のような気がする。定型詩である俳句のむずかしい問題がここにひそむ。
B 夕牡丹風の誘ひにほどけゆく    光江
・「風の誘ひに」は夕牡丹に限らない気がして心配。
C 百歳の笑みがこぼれる牡丹園     和子
・実景か。百歳と牡丹の情がつながるようで、つながらない。
C ぼたんの香干しし花びら花枕     美雪
・菊枕のように、牡丹花を干して詰めものにすることがあるのか。教えてほしい。
C  ぼうたんや黒に紫がかりたる     憲
・黒牡丹に紫がまじるのは普通のことだと思う。
C 城址なり往時も映えし紅牡丹     静枝
・「映えし」の「し」は直接経験に基づく回想を意味する。よって、この句の場合は不適切。


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