□日時 2021年4月10日(土)~4月20日(火)、第5回ネット句会
□会場 「芭蕉会議」サイト会員フォーラム(専用掲示板)
〈 俳 話 少 々 〉
選者依頼について―個別と総合―
作品の出来映えはその時々で調子のよいときと悪いときがある。そういう理由で、前回から、好調な作者を二名選んで無制限の選句をお願いしている。総合点なら他にも候補がいるだろうが、これは海紅の目がとらえた個別点の高い二人という意味である。
今回の無記名の投句一覧をみると、まず「39昨日より新緑の濃くなりにけり」「49春愁やジグソーパズルは箱の中」「65さやゑんどう買うてレシピを検索し」「92朝取りのわかめにポン酢マヨネーズ」「100春風や足元白きスニーカー」の五句が目に飛び込んできた。作者を確認したところ、月子・ふみ子の両名。迷うことなく、この二人にお願いした。
月子さんは、「ひゃーっ」と驚きながら、「順番だったら、そのうちに回ってくるかも」と恐れつつも、「すでに隠居の身を理由にお断りしよう」と考えたという。根本さんの『正岡子規研究―中川四明を軸として』の御礼を書きながら、「つくづく私には縁のないお仕事、学問」と感嘆するも、「まだ自分には〈俳句ノアル、ワタクシドモハ、仕合セデアリマス〉(あとがき)とはゆかない。歳時記で芭蕉や蕪村を読む楽しみは身につけているが、他人の句はよくわからず、百句を超える中から無制限に選ぶことなど無理である。でも、月子が選りすぐりの五、六句が選べたら何かをいってみる、という感じでお許しいただけるなら挑戦させていただきます」という。どこまでも正直な人なのだ。海紅は「五、六句で一向にかまわない」と回答。結果として立派な選評が届いた。
ふみ子さんから「メールを見逃していた」と返事が来たのは選句締め切りの二日前。「選句締め切りを確かめるためにサイトをあけて、月子さんと私への選句依頼にビックリ」と詫びつつ、実は「今面倒な仕事を抱えていて、俳句から遠ざかっている。サイトを覗いたのが投句締め切りの十日で、参加をあきらめたが、スーパーに行く途中、思い直して俳句脳に切り替えて作った句を、締め切り時刻を過ぎて送って、お情けで受け付けてもらった次第」という。さらに「最近、時間に追われて徹夜することも多く、こんな日常で皆様の思い入れのある句を選び、講評などする余裕はない。今になって心苦しいが、他の方にお願いすることはできないか」という。海紅はこのメールを読んで即座に理解した。今回の彼女の句がすぐれているのは、俳句のことなど考えられないほど忙しい日常を送っていたからだと。そして、選があれば選評などいらないと伝えた。
今あらためて、この二人への選者依頼は正しかったと思う。その理由は、これから機会あるごとに語ることになるだろう。<海紅記>
〈 句 会 報 告 〉
一部の作品について、作者の意図をそれない範囲で、表現を改めた句が含まれています。また、制限なく選句をお願いした大江月子・平塚ふみ子、両氏の選、及び海紅選は互選の点数に含まれていません。
☆ 谷地海紅選 ☆
ドラマなき日を締めくくる春の雷 | うらら | ||
ひこばえや歴史の中の大銀杏 | ひぐらし | ||
nonbiriをパスワードにして春うらら | 美知子 | ||
軒先に春の雨聴く夕支度 | 貴美 | ||
桜餅いつものやうに二つ買ふ | ひろし | ||
昨日より新緑の濃くなりにけり | ふみ子 | ||
春愁やジグソーパズルは箱の中 | 月子 | ||
さやゑんどう買うてレシピを検索し | ふみ子 | ||
公園の風車が作る桜吹雪 | 和子 | ||
新学期白き雑巾風光る | 京子 | ||
朝取りのわかめにポン酢マヨネーズ | 月子 | ||
春風や足元白きスニーカー | ふみ子 |
☆ 谷地海紅予選 ☆
白木蓮いま渾身の夜明けかな | ひろし | ||
憧るる人の上梓や風光る | エール | ||
ぽつねんと釣り人ひとり土手青む | 憲 | ||
ネクタイの結び目あやし新入生 | 窓花 | ||
引越しは軽トラックで菫咲く | うらら | ||
不要不急の書に春光の惜しみなく | 梨花 | ||
春の星うれしい知らせある予感 | 偲子 | ||
登校の子ら駆けだして木の芽風 | ちちろ |
☆ 月子の好きなだけ選句 ☆
懐かしき友より手紙風光る | 蛙星 | ||
ひこばえや歴史の中の大銀杏 | ひぐらし | ||
昨日より新緑の濃くなりにけり | ふみ子 | ||
歩けば前うえみぎひだり桜かな | 静枝 | ||
古女房芯まで刻む春キャベツ | 和子 | ||
点眼の二度外れたり初雲雀 | 宏美 |
海紅先生から「無制限の選句と講評(感想)を」とのご下命を頂いて「ちょっとしんどい」と思いましたが、「コロナ巣ごもり老人」の日々に明るい日が差し込んだような気にもなり、微力ながら頑張ってみようと思います。
本当のことをいうと私は未だに俳句がよくわからず、何かを文に表す、というつもりでの句作は楽しいのですが、他人様の句を選ぶのは苦手です。句会での私の選句は、好きか嫌いか、ピントくるか、で決めているように思います。ここにある皆様の108句をもちろん心をこめて一読してみました。
ピントきた句がまず一句だけあり、自分の句に仮名遣いの間違いを発見したにとどまりました。
さあ頑張らなくてはと、読み返し読み返し、結局6句が決まりました。多分名句も数々見過ごしているのだと思いますが、力不足とお許しくださいませ。
「36昨日より新緑の濃くなりにけり」は好きだったベストワンの一句。花も終わり、暖かい日、冷たい日を繰り返しながら、静かに確かに移ろいゆく自然の中にいる私。「そうほんとうに」とふと感じる仕合わせがこの句に重なります。一句がそのまま新緑色です。
「70点眼の二度外れたり初雲雀」は何度か読んでいるうちに、これをベストワンにしょうかしら?と迷いました。おもしろいですよね。点眼も雲雀も上を向いてこその素材。目が見ていないのに涙目に雲雀が浮かんで見えて。季語は雲雀。そうだ「初雲雀」にしよう、と決まって、作者はきっとうれしかっただろうと、羨ましい句です。
「5懐かしき友より手紙風光る」について。さっき郵便屋さんが来た音。郵便物を取りに外に出る。ダイレクトメールに混じって懐かしい友からの便り。立ったままで思わず読む。心がうれしくて弾む。季語「風光る」がぴったり。
「13ひこばえや歴史の中の大銀杏」について。これは鎌倉八幡宮の銀杏ですね。私は近くに住んでいるので、2010年に倒れた大銀杏を見ました。2年後にはひこばえがいくつも出てきて、選ばれた株が今は数メートルにも育っている銀杏を見ることができます。この句の季語は「ひこばえ」ですが「歴史に残る大銀杏」のとりあわせで、一句が多くを語り、宇宙的な大きさになっていると感じます。
「40歩けば前うえみぎひだり桜かな」について。歩く、前、うえ、みぎ、ひだり、となんて簡単で普通の言葉で桜を詠んだ句でしょう。「ほんときれいだねえ」といっしょに歩いているような気がしてくるからみごとです。
「62古女房芯まで刻む春キャベツ」について。春キャベツをまな板に載せてみてもなかなかこうはいきません。春キャベツを、やわらかい芯まで刻んでいる古女房を見ている夫の姿が目に浮かびます。ここでは古女房も春キャベツも夫も揃って役者。主役はなんといっても作者の夫です。私の夫は私のキャベツを刻むすがたを見たことはない。なんて……うらやましく。
終わりに、この「選句体験」から感じ、得たことをを少し書かせていただくことにします。
この度の投句108句は桜の季節ということもあって、桜を詠んだ句が桜餅2個も入れると29句ありました。桜の句を詠むのはむつかしいと感じながら…。
芭蕉に「さまざまの事おもひ出す桜かな」という句があります。この句は桜の他に何も出てきません。これが芭蕉の句でなかったら、誰かが同じようなことを詠んだかもしれないような句です。でもこれは俳聖芭蕉の後の世への贈り物だと感じます。
私のように年をとって桜を見ると「さまざまなこと」の句の中に佇むだけで、他には何もいらないと思う。
蕪村には桜の句が多くありますが、私達はその時代のような桜に似合う景色を失っています。今の桜の句はとかくに報告で、読み手には体験として共有されているように思うのです。でも私達は今の桜を詠みたい。俳句に桜は捨てられない。桜に添う何かをみつけよう。
谷地海紅先生の句集『九十九句』を開きました。ここには桜の句を2句載せておられます。その一句「桜冷え都鳥とはアアと啼く」を拝見して、初めて拝見したわけではありませんが、私は今目からウロコが落ちたと思いました。「都鳥とはアアと啼く」、だれがこんな言葉を思いつくでしょう。と言っても誰も思いつかない言葉でなくてもいいのです。
俳句を決めるのは「五七五と季語と季語に添える言葉」。その「言葉」を探して選ぶことこそが秘訣だと、私は「アアと啼く都鳥」に教えられ、発見しました。
口はばったい事をいって締めくくりますが、言葉探しを怠らず、季語にも凝って俳句に挑戦してみようと。なんだか楽しくなっています。
☆ 平塚ふみ子選 ☆
菜の花や沖はきらめく太平洋 | ちちろ | ||
浅春や海群青に透きとほる | 由美 | ||
地虫出づ我に日課の散歩あり | 海紅 | ||
犬ふぐり泣き虫地蔵に日の溢れ | ひろし | ||
鐘の音の鎮まり賜ふ沈丁花 | 宏美 |
☆ 互選結果 ☆
7 | 確かなる君の筆跡初つばめ | 喜美子 | |
7 | 苗代へ筑波の水の沁みわたる | 喜美子 | |
6 | 点眼の二度外れたり初雲雀 | 宏美 | |
5 | 傘たたむ都電の床に花吹雪 | 玄了 | |
5 | 鞦韆やまだ棲んでいる心の子 | 偲子 | |
5 | 春風や足元白きスニーカー | ふみ子 | |
5 | 古女房芯まで刻む春キャベツ | 和子 | |
4 | 地虫出づ遠まはりして日が暮れて | 海紅 | |
4 | ひこばえや歴史の中の大銀杏 | ひぐらし | |
4 | 白木蓮いま渾身の夜明けかな | ひろし | |
4 | ぽつねんと釣り人ひとり土手青む | 憲 | |
4 | のどけしやノートの隅に漫画描く | 蛙星 | |
3 | 春風や岸壁に波やはらかく | 悠 | |
3 | 懐かしき友より手紙風光る | 蛙星 | |
3 | 公園の移動図書館春日向 | 偲子 | |
3 | ネクタイの結び目あやし新入生 | 窓花 | |
3 | 春愁やジグソーパズルは箱の中 | 月子 | |
3 | 花の里五粒の種に始まりぬ | 千年 | |
3 | 花水木主役となりぬ今朝の街 | 馨子 | |
2 | 菜の花や沖はきらめく太平洋 | ちちろ | |
2 | 花筏ついばむ鳰のひいなかな | 稲子麿 | |
2 | ドラマなき日を締めくくる春の雷 | うらら | |
2 | 玉砂利を離ればなれに花御堂 | 紅舟 | |
2 | 朝採りの野蒜の辛味味はひぬ | 右稀 | |
2 | 桜餅いつものやうに二つ買ふ | ひろし | |
2 | 幼な児のすっくと立つや萬愚節 | 稲子麿 | |
2 | 標準語馴染まず仕舞ひ桃の花 | 宏美 | |
2 | 校舎跡しだれ桜と風の声 | 梨花 | |
2 | 芽出し雨しずく数多や桑光る | 瑛子 | |
2 | 引越しは軽トラックで菫咲く | うらら | |
2 | 仮縫ひのまち針肌に春寒し | 由美 | |
2 | うららかや黄旗先頭一列に | ひぐらし | |
2 | 春の星うれしい知らせある予感 | 偲子 | |
2 | 春燈や虚実の先の万太郎 | 悠 | |
2 | 地虫出づ我に墓参のこころざし | 海紅 | |
2 | ぽっかりと水面に身置く春の月 | 春代 | |
2 | 産休の娘古雛取りにくる | 和子 | |
2 | 行き過ぎてヒトリシズカと逢ふてきた | 稲子麿 | |
1 | 地虫出づ我に日課の散歩あり | 海紅 | |
1 | 白鳥帰る子は灰色の首をのべ | 梨花 | |
1 | たんぽぽやセメントの隅得るわが家 | 京子 | |
1 | 半殺し粒餡たっぷり桜餅 | 美雪 | |
1 | 憧るる人の上梓や風光る | エール | |
1 | nonbiriをパスワードにして春うらら | 美知子 | |
1 | 行の杖二百円なり山笑ふ | つゆ草 | |
1 | 蒲公英の知らせるみちを一巡り | 香粒 | |
1 | にほひたつ三浦丘陵花の帯 | 瑛子 | |
1 | 軒先に春の雨聴く夕支度 | 貴美 | |
1 | 山桜さりげなく添ふ昼の月 | 馨子 | |
1 | 昨日より新緑の濃くなりにけり | ふみ子 | |
1 | 春風や郵便届く一句集 | 京子 | |
1 | 境内を段差に揺るる花の傘 | 笙 | |
1 | 春はやて河口あらがふ波頭 | 憲 | |
1 | スキップの子に合わせ桜しべ散る | 美知子 | |
1 | 鷺も又黙してをりぬ花筏 | つゆ草 | |
1 | 三年の担任となる風眩し | 窓花 | |
1 | 不要不急の書に春光の惜しみなく | 梨花 | |
1 | 公園の風車が作る桜吹雪 | 和子 | |
1 | 手をつなぎ桜並木を園児たち | 紅舟 | |
1 | 愛猫のヒゲの恋しき長閑かな | ふうせん | |
1 | 新学期白き雑巾風光る | 京子 | |
1 | 登校の子ら駆け出して木の芽風 | ちちろ | |
1 | 春の菜や汁物うれし朝の膳 | 貴美 | |
1 | 残雪の峰を背中に青き河 | 喜美子 |
☆ 参加者 ☆ <順不同・敬称略>
谷地海紅、青柳光江、中里蛙星、篠崎稲子麿、市川千年、礒部和子、植田ひぐらし、宇田川うらら、大石偲子、大江月子、荻原貴美、尾崎喜美子、梅田ひろし、尾見谷静枝、梶原真美、加藤 悠、佐藤馨子、椎名美知子、柴田 憲、鈴木香粒、谷 美雪、丹野宏美、千葉ちちろ、内藤玄了、西野由美、根本梨花、平塚ふみ子、備後春代、古崎 笙、眞杉窓花、水野紅舟、三木つゆ草、村上エール、森田京子、谷地元瑛子、山崎右稀、荒井ふうせん
投句参加者数:36名
選句参加者数:谷地海紅、大江月子、平塚ふみ子 + 29名
<以上取りまとめ、ふうせん記>
< 了 >