オムニバス山小屋
新年に海外の連衆と歌仙を巻きました。それを575にこだわらず、座談風に翻訳してみました。文芸春秋などの雑誌でひと頃よくあった座談会記事の楽しさは連句の座に通じるという小さな発見をしました。
この翻訳を読んでくれた友人たちから、一句、一句の世界が映画のワンシーンのようでそれが動いてゆく流れが面白いという感想をもらいました。
今回は番外編として、国際連句の翻訳をお届けします。
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◎「オムニバス」はすべての人のためにというラテン語で、乗り合いバスの語源です。
幾つかの独立したストーリーを並べて全体が一つの作品になる形式を意味。
歌仙:山小屋 谷地元瑛子捌
キャロル: 山小屋にようこそ。暖炉をかこんで新しい年を呼び入れましょう!
mountain cabin—
we ring in the new year
around the hearth
スプライト:静かなのにウキウキ、あ、いまお正月の薪がはぜましたね。
a few sparks crackle
in the cheery silence
エラ: シィーみんな動かないで、子供達がフワフワ降ってくる雪を
舌の上にキャッチしてるから。
hold still
children catching snowflakes
on their tongues
ノーマン: 息を殺して写ってる、僕の祖父母の銀板写真、魔法の時間だったんだなあ。
grandparents’ magic moments
in danguerreotype
瑛子: 岩を穿ったトンネル、今日は出口の向こうに聖餅とおなじ昼月が浮かぶ
at the end of
a narrow tunnel
wafer moon floats
リンダ:だんだん間遠くますます透き通ってきた、虫の音。
slower and more transparent
cricket song
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キャシー:秋の風が吹き抜けていく、花野の千草が一斉に同じ向きに、そよいでいる
autumn wind
through the field of flowers
all bending in unison
メアリー:私の日記帳、手に取ったペンを持ち上げ、まだ真っ白な今日のページに向かう瞬間
pen poised over the blank page
today in my diary
リンダ:お嬢さんたちはこちら側、若者たちは反対側に並んだのに、
あの二人だけ扉の蔭
the bells on one side
beaus on the other
except the two behind the door
クリス:初めてのキスの味、モヤに包まれた不思議な感じ
so elusive
the taste of that first kiss
メアリー:第一次大戦であの村辺りは毒ガス攻撃を受けたのです。
自分の子が産まれるのを見ずに死んで行った兵士たち
…village gassed in the war
dying before his baby
is born
キャシー:いきものかかりの男の子たちが靴箱を持ってきたよ。中には夏蚕。
silkworms in a shoe box
that children bring
リンダ:フリズビーを投げる人、追いかける犬、そして寄せては返す青葉潮。
波打ち際で俊敏に切り替える犬
up and down
the line of green leaf tide
frisbee dog
ジョン:隣の家からまんまるお月さんのような顔をした知らない人が
ぞろぞろ出てきたぞ、親戚でもきているのかな。それにしても暑い!
extra heat for summer
unknown moon faces next door
リンダ:ハリウッドツアー、バスの窓から、スターが歩いてないかってみんな
夢中になってねえ。
on a Hollywood tour us
everyone hoping
to see the stars
キャロル:「リバーランズスルーイット そのすべてを貫いて川が流れる」そう
あのブラピの映画よかったね ほら、これ見て、
ヨレヨレになるまで読み込まれているあの映画の台本よ。
this frayed script
of A River Runs Through It
ポール:散る花びらは、大きな渦をつくる。
渦は地球の裏側の福島に届いたんだ、
風力発電所で働く労働者の祈りをのせて
spiralling blossoms
the wind farm workers prays
for Fukushima
瑛子:被災者にたべてもらったのよ、とびきり早く熟れた苺はね。
evacuees savor
earliest strawberries
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キャロル:おたまじゃくしがいるよ。古池からとびでる夢を見ているのかな?
does a tadpole
dream of leaping
out of the pond?
メアリー:どうしたものやら…花壇の外へと分かれちゃった根をなんとかしなきゃ。
carefully tamping in
divided roots
ポールとリンダ:記号だらけ…数式でいっぱいの黒板、そこからちょっと離れて、
息をついている数学者たち… 流れる雲にうっとり。
for a few moments
our mathematicians lost
in the passage of clouds
キャロル: 雪フクロウの目が捉えた「かけがえのない命」
ああ、訃報が届いた…あの詩を書いたMary Oliverがきょうなくなってしまうとは…
in the eyes of a snowy owl
“one wild and precious life”
メアリー: 赤い雫が点々とこぼれている、かじかんだ指でホットワインを作る。
many red drops…
numb fingers
making winter wine
ジョン: 会うのは三十年ぶり、熱い涙が頬を伝う
meeting up after 30 years
hot teas down my cheeks
スプライト:目の前に存在を知らなかった子、彼の魂を映す出す鏡
the child
he never knew existed
a mirror of his soul
瑛子: お互いを強く意識した瞬間、試合開始!サッカースタジアム。
daunted by each other
the soccer match kicks off
キャロル: トロフィーにやさしく積もる埃かな
gradually and gently
on those old trophies
スプライト:キツネ闊歩落ち葉の匂いひろげつつ
a fox scurries spreading
the scent of fallen leaves
キャロル: 満月光あふれボロ納屋別世界
the full moon
through the slats of
a ramshackle barn
瑛子: 稲城に高く架かる新米
rice bundled, hung up
over high bars
(この辺りは57577になってしまいました)
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スプライト:合意なき離脱になりそう、いまさら故郷に帰れる?
a no deal Brexit
in the offing this imp-possible
return to the motherland
キャシー: 自然は驚異、翼に包まれ安心してぶら下がって
いる赤ちゃんこうもり
wrapped in well-designed wings
bats sway
メアリー: もうすぐランチ、パタっと音をたて、郵便受けが開く、
請求書がドアマットにポトンと落ちました
letter box flaps
as bills hit the door mat
just before lunch
瑛子: 間に合った?今テーブルに着くわよ。春の気含むスカーフの襞
brought in with my scarf
springtime air
キャシー: 花の雲ピンクの海に揺れやまず
pink sakura clouds
that seem to float for now
and forever
リンダ: 私の手を握る彼のグリップ、Lindy Hop, 信頼のペアダンス。
her trust in his grip
as they Lindy Hop
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留書
平成が終わりました、
静か大正時代が見直されていますね。明治、昭和という
山塊のような時代に挟まれている15年足らずの大正時代に、今の私たちの暮らしと意識の両方の原型が見えるからのようです。可能性と挫折の時代だったかもしれません。さて平成は後の世にどんな評価を受けるのでしょうか?もしかしたら、言葉が限りなく力を失ない記号化に向かった時代などと論じられるかもしれません。国語教育が情報処理の勉強に変わる兆しの見えた時代とも。
鶴見太郎という人が大正期に生まれた座談を取り上げ, それが魅力的な雑誌ジャンルになってゆく過程を論じています。曰く「無理に結論を出さない、会話の中に予期せぬ動きがある、会話を牛耳るような人は招かない」、などなど、実に連句と似ています。様々な問題を提起し、各自から率直な意見を引き出している座談は座の文芸の精神を受け継いでいます。
マレーシア人、カナダ人、米国人、フランス人、イギリス人、アイルランド人、日本人などと分ける必要はありませんが、それぞれが今を生きる姿、思い悩んではまた自然の美に立ち止まる、呼吸するこの世界を一つの作品にできました。
eiko yachimoto 15 June 2019
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