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論文を読む会議事録
モデレーター川本皓嗣の不易流行論の概要 堀口 希望

【川本の問題提起】
「不易流行」は芭蕉を読み解く上でのキーワードであり、また芭蕉の指導理念でもあるが、芭蕉自身はこれについて解説していない。そのため弟子の時代から解釈が混乱している。
川本は「不易流行」に、ボードレールの芸術論(『現代生活の画家』)を重ね合わせることによって、現代の視点からこれを見直し、「写生」に対抗する指導理念として作句・鑑賞に生かせないか、と問題提起をしている。

【論旨】
●ボードレールは上記の芸術論の中で、「歴史上のある時期のつかの間の流行にたっぷり浸かりながら、そこに含まれる限りの詩的なもの、永久的なものを引き出すこと、すなわち一時的なものから永久的なものを引き出すことが大事である」と言っている。これは芭蕉の「不易流行」論に似ている。
ボードレールが生きたフランスと芭蕉が生きた江戸の間には文化面での共通点(貴族文化の衰退・俗が雅を圧倒)がある。そのような文化の中で、はからずも優れた二人の芸術家の自意識が雅(古典的な美)と俗(瞬間性の美)とのバランスに至り、同じような考えに達したと考えられる。よって、ボードレールという異国の鏡に照らして「不易流行」を解いてみたらどうか。
●従来、芭蕉の「不易流行」は、「西行の和歌における…」(笈の小文)などを論拠に、「不易」に力点が置かれて考えられてきた。しかしボードレールの論を参考にすると、逆の面が浮かび上がってくる。実際、「かりそめにも故人の涎を舐むる事なかれ…」(三冊子)や「新しみは俳諧の花なり…」(三冊子)などからすると、芭蕉は伝統主義者でありながら、実は流行の追及者、モダニスト、革新主義者であったことがわかる。ここで革新(変化)とは次を含む。
A 俳諧そのものの変化・句風の変化
B 俳諧外の自然・人事などの変化
●芸術は常に新しさを求めるから、テーマ・用語・語法すべてについて、より新鮮なものを求める。そこに「新しみ」「流行の追及」の重要さがある。芭蕉が「不易」を意識しながらもいかに「新しみ」に心を砕いたかは、「翁曰、俳諧ニ古人ナシ。只後世之人ヲ恐ル…」(去来書簡)の一文を読んでもわかる。いくら新しみを追求しても、いずれそれは後世の人によって「古び」になってしまう。しかし、それでも新しみを追求する、そこに芭蕉の真骨頂がある。川本はこれを「新しみの永久運動」と言っている。

【結論】
ボードレールは、流行のただ中に没入することの「永遠性」を保証するのは、見ること、感じることへの飽くなき情熱であると言っているが、これは芭蕉の「(風雅の)誠を責める」(三冊子)と符合する。結局「誠を責める」とは「現在」に徹しきることであり、目の前で変わりつつあるものを真っ直ぐに見とめ、聞きとめること(すなわち「流行」を確かに表現しようとすること)であり、その中にしか「不易 は出てこない。

【堀口私見】
「不易流行」は「写生」に対抗する指導理念たり得るか―「写生」を最狭義の「客観写生」あるいは純粋の「花鳥諷詠」と理解するなら、川本の論も頷ける。なぜなら「変わりつつあるものを真っ直ぐに見とめ、聞きとめること(=誠を責めること)が大切」という場合、「変わりつつあるもの」は自然の変化のみならず人事の変化をも含むからである。しかし現実の「写生」はそれほど狭義でなく、人事をも対象としている。よって「不易流行」を「写生」に替わる指導理念とするには無理があろうと考える。
「不易流行」は作句者にとっての普遍的な理念である。