ホーム


物書きて扇引きさく余波哉
芭蕉 (おくのほそ道)

天龍寺(福井県)での句。余波は「なごり」。
句意は「いよいよ別れの時が来た。句をしたためた扇を二つに引き裂いて、それぞれが持ち別れることにしよう」
金沢から同行してきた北枝と別れる悲しみを詠んだ句。ただ「扇引きさく」とは随分乱暴な表現である。しかし北枝編の『卯辰集』には、「松岡にて翁に別侍し時、あふぎに書て給る」との前書で「もの書て扇子へぎ分くる別哉」の句が残っている。「へぎ分くる」だと和紙の表裏を剥がすのだからまだおとなしい。ただ芭蕉としては山中温泉での曽良との別れがあり、曽良の句「行き行きてたふれ伏すとも萩の原」の句に「今日よりや書付消さん笠の露」と答えている。曽良との別れで静かに悲しみを表した芭蕉だが、『おくのほそ道』の構成を考えると、北枝との別れは悲しみの大きさを表すために、「へぎ分くる別哉」よりもっと激しい方がいいと考えたのだろう。実際は扇に芭蕉が句を書いて渡しただけの可能性が高いが、「扇引きさく」まで詠まないと納得できなかったのだ。


(文) 安居正浩
「先人の句に学ぶ」トップへ戻る