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参考資料室
連句を楽しむ その一
市川 千年

 「俳諧之連歌」とかつて呼ばれていた連句に親しんでいると、俳句に脇の句(七七音の短句)を付けて楽しむことがある。たむらちせい先生が『蝶』198号の推薦句としてあげられた原田浩佑さんの「重力を胎児と分かつ昼の月」を発句としていただき、発句に寄り添って次のように脇を付けてみた。

  重力を胎児と分かつ昼の月  浩佑  
    金木犀に染まる中庭    千年   

  重力を胎児と分かつ昼の月  浩佑
    馬車遠ざかる秋声のなか  千年

  重力を胎児と分かつ昼の月  浩佑
    花野へぬける海沿ひの径  千年

 歌仙を巻くなら次は第三。脇をどれかに決め、秋の句は三句から五句続けるという式目(連句の規定)にのっとり、秋の長句(五七五音)を付けて前二句の世界から転じて行く。前二句の醸成している世界から別の新たな世界を開いていく意識(行為)が連句の転じということ。起承転結の「転」にあたる。「第三は、師の曰く「大付にても転じて長(たけ)高くすべし」となり」(第三について、師(芭蕉)は「前句によく付かなくとも、一転して格調高く大様な句を作るべきである」といわれた)(三冊子)。例えば、昔巻かれた歌仙の発句、脇、第三は次のように展開している。歌仙とは、中古の歌人三十六歌仙による名称で、表六句・裏十二句・名残の表十二句・名残の裏六句からなる連句形式。長句と短句を交互に三十六句連ねたもの。二花三月を配する。百韻や五十韻の略式というべく、芭蕉の時代以来広く用いられてきた形式。

  木のもとに汁も膾も櫻かな   芭蕉
    西日のどかによき天気なり  珍碩
  旅人の虱かき行春暮れて    曲水 

  牡丹散りて打かさなりぬ二三片 蕪村
    卯月廿日のあり明の影    几董
  すはぶきて翁や門をひらくらむ 几董

  荻吹くや崩れ初めたる雲の峯 子規
    かげたる月の出づる川上  虚子
  うそ寒み里は鎖さぬ家もなし 子規

   「松尾芭蕉をより深く知るにはまず連句」との思いが叶い、東京義仲寺連句会「ああの会」に入会したのが、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件のあった平成七年(一九九五)。「座・連句95 自由な言葉遊びいかが 五七五、七七つなぎ連句会」と読売新聞で紹介されていた連句イベント「座・連句95」に参加したのがそのきっかけとなった。同イベントの顧問をされていた、ああの会主宰の村野夏生先生(昭和八〜平成十四)に入会願いの手紙を出したところ、「東京義仲寺連句会・ああの会の連衆諸雅にはかりましたところ、喜んでご一座したいと快諾もらいましたので、ぜひ、月一回の例会にお出かけ下さいませんか」とご返事をいただき、念願の連句の世界に飛び込むことができた。
 芭蕉に「相手業(あいてわざ)にて候」(連句は相手次第の文芸である)とい言葉があるように、連句は複数の人間の多様な連想で織り成してゆく座の文学である。「本来的に共同体の文芸である俳諧の世界は、いわば一座の連衆たちの文芸的対話ともいうべき詩心の交響の所産にほかならぬといっていい。そこでは、読者は同時に作者となり、作者は読者となって、作り手と読み手は交互にその役割を交替しながら、共同で一つの作品の形成に参与してゆく。」(尾形仂『座の文学』角川書店 平成六)
 ああの会の連衆(れんじゅう。俳席に一座して、連句を作る仲間)には、若い世代への連句の普及に尽力されている川野蓼艸先生(草門会主宰)や平成二年に第三十六回現代俳句協会賞を受賞された篠見那智(沼尻巳津子)先生もおられて、厳しくしかし楽しく鍛えられた。出す句出す句が見事に捌かれた。捌くとは俳席で宗匠が、一巻全体の構成を考えて、連衆の作った一句一句を吟味、添削しながら進行させること。俳諧の鑑賞者にして制作者である、世界でも稀な連衆の一員として、次のような付合が生まれた。読み返すと当時の座のざわめきが今も甦る。
 
  質量に時間掛ければ露となる   蓼艸
    人見る旅は自転車で行く    手留
  ナニガホント?残る日数の我が我 那智
    放哉目覚めラムネ水飲む    蓼艸
  羽化せし蝉の朝風に吹かれゐて  浩司
  (夏生捌 歌仙「ナニガホント」の巻 裏の折立(一句目)から 平成八年一月十八日首尾)(浩司は私の本名)

  欅の梢(うれ)に今日もこだはる鴉A  那智
    更地の過去の姿浮ばず        浩司
  家霊らよ地震がくるぞよ皆出でよ    蓼艸
    鯨かかりし浜のサイレン       浩司
  短日をひねもす寝たりヒモとして   蓼艸
  (夏生捌 歌仙「東風に死ぬまで」の巻 名残の表三句目から 平成八年五月二十八日首尾)

 連句では、発句、脇、第三の次の四句目から最後の挙句(あげく・挙句の果の挙句)の前までの句のことを平句(ひらく)という。「これは平句の体だ」と切れのない俳句を評することがあるが、付かず離れず、非連続的に構築されて行く連句の流れに乗れば、平句としての連句の付句も一句としてのささやかな命を得ることができるのである。

(俳句雑誌『蝶』200号掲載 2013年3・4月)