句会などで「その句には切れがないんじゃない」と自分の句を指摘され、どぎまぎすることがある。
俳句としての重要な要素は、「季語」と「五・七・五の十七音字」そして「切れ」の三つと言われる。季語の指摘なら歳時記を見ればわかるし、五・七・五は指を折ればすぐわかる。しかし「切れ」は、や・かな・けりなどの切字があれば、切れているだろうというぐらいの認識である。加えて動詞や形容詞の活用などの、文語文法もからんでくるから厄介である。
「出航」の方にも多数ご出席いただいた「沖」主催の「能村登四郎七回忌同門俳句大会」で、今瀬剛一「対岸」主宰の特選になった句に、
卵焼好きな男と花むしろ 徳植よう子
という句があった。
私はこの句を読んで次のように鑑賞した。
作者は今、卵焼の好きな男と花筵にいる。何人かでのお花見であろう。卵焼が好きだというぐらいだから、少し軟弱な性格の男なのかもしれない。酒を飲んだくれている男達にまじって、誰かが持参した卵焼を静かに食べている。作者はその男がなんとなく気になっている。
今瀬主宰は講評で、この句は二つの解釈が出来て面白い。好きなのは卵焼か男か。すなわち上五で切れるか切れないか、の二通りに読めるとした。
切れないとすると、私の鑑賞のように、卵焼を好物にする男といま花筵にいるとなる。上から読み下せる一物仕立の句。一方上五で切れるとすると、自分の好きな男と花筵にいるとなり、卵焼は取り合わせになる。
その後、今瀬主宰の話しは、作者の年令予想に移り、最後には作者本人の登場となって会場は大いに湧いた。楽しい講評だったのだが、一つひっかかったのは取り合わせで読めるか、言い換えれば上五で切れるのかどうかということであった。
例えば同じように男を読んだ句で、
秋風やつまらぬ男をとこまへ 日野草城
がある。この句は「や」という切字があり「秋風や」で切れるとはっきりわかる。
では「卵焼好きな男と花むしろ」の句はどうか。上五に切字はない。意味の上でも中七とつながって読めてしまう。しかし上五に軽い切れがあると読めば読めないこともない。非常にあいまいなのである。
句もあいまいだが、あいまいさは「切れ」や「切字」そのものにも存在する。
この「切れ」や「切字」を複雑にしたのは、芭蕉にも少なからず責任がある。
芭蕉の論として土芳が記した『三冊子』に、「切字なくては発句の姿にあらず、付句の体なり」(切字が無ければ、発句でなく付句である)とはっきり言う。
ところがその後に「切字を加へても、付句の姿ある句あり。(中略)また切字なくても切るる句あり」(切字があっても切れない句があり、切字がなくても切れる句がある)と付け加えるのである。
同じように『去来抄』に「いまだ句の切るる切れざるを知らざる作者のため、先達、切字の数を定めらる。此の定め字を入るる時は、十に七八は自ら句切るるなり」(先達が十八の切字を決めたが、この切字を入れれば十に七、八は切れる)と言い、ここでも切字があっても切れない句があることを匂わす。
そうかと思うと、『去来抄』には、「切字に用ふる時は四十八字皆切字なり。用ひざる時は一字も切字なし」などとも言う。
こうなると切字や切れは、作者や読者の意図次第と言っているようにも読める。
では「切字」や「切れ」をどうやって見分けるの?芭蕉さん、と聞きたくなるのだが、芭蕉はしゃーしゃーと「切字の事は連俳ともに深く秘(ひす)。猥(みだり)に人に語るべからず」と秘伝だと言ってわずかの説明で逃げてしまうのである。
だから後世の学者や俳人が芭蕉の言を都合よく利用して、いろいろに解釈してしまうこととなった。
たとえば
古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉
の句、私は「や」の切字があるから、当然上五で切れる取り合わせの句と理解していた。
山本健吉は「古池や」の句は、形は「初五に〈や〉の切字を入れ、下五を体言で結んで、(中略)二句一章の典型的な構成様式を取っている」、しかし「や」が「俳句独特の微妙なニュアンスを附け加えて」おり、「厳密に言えば二つのものの取合せではなく、一つの主題の反復であり、積重ねであると言うべきである。(中略)〈古池〉の句を其角のように〈山吹〉と置けば取合せとなり、二物映発の上に濃厚な季的情趣を発散させているのである。だが芭蕉はこれでは満足出来なかった。さりげなく〈古池〉と置くことによって強い詠嘆の語調も押殺し、句を一枚の黄金と化す」(俳諧についての十八章「や」についての考察)と、一物仕立の句であると言う
山本健吉は一物仕立の句と見たとき、「切れ」について直接的には言及していないが、「や」は切字ではあるが上五で切れていないという見解であろう。
現代俳人の長谷川櫂は、この場合「や」は「現実の世界と心の世界の境界を示す」切字であると断定し、上五で切れるからこそ芭蕉開眼の句になったのだと言う。
そのほかにも「や」は「に」と同じだと言う人もいれば、芭蕉の言う口合いの「や」で切字でなく口調を整えるだけのものであるという人もいる。
この一句だけの見解をとっても「切れ」と「切字」問題の複雑さがわかる。
芭蕉時代の発句が、正岡子規により俳句と呼ばれるようになり、「切れ」と「切字」の問題はあいまいなまま現代俳句に引き継がれている。
俳句は俳諧の発句が独立したものだから、俳句であるためには「切れ」や「切字」が必ず必要であると主張する人がいる。これらの人たちは現在の俳句雑誌には、切れのない句すなわち俳句でない句が氾濫していると警鐘をならす。
しかし私は現代俳句をどう考えるかは、別問題ではないかと考えている。
俳句に「切れ」や「切字」を使うことで、句の奥行きがひろがり、きりっとした風格や品位が生まれることを否定しない。だから俳句を作るには今後とも有効な方法である。しかし現代俳句の最低限のルールとしては、有季定型(季語と十七音字)で十分ではないだろうか。
俳諧において「切れ」や「切字」は、発句であることの一番の条件であった。しかし江戸時代の切れ味重視の時代から、現代は雰囲気を重んじる世界に変わっているように思う。毎日どんどん生み出されている切れのない句(平句めいた句)にも、現代俳句としてそろそろ確かな位置を与えてもいいのではないか。
バレーボールは六人制が主流になり、柔道着が白からカラーに変わったように、正岡子規のいう俳句と現代俳句が違っていて当然である。
辛崎の松は花より朧にて 芭蕉
この句に、「にて留めはよくない」と非難が出たのに対し、其角と去来がそれぞれ理由をつけて、この句は発句であると擁護した時、芭蕉は「角・来が弁、皆理屈なり。我はたゞ花より松の朧にておもしろかりしのみ」(其角と去来の言うことは理屈だ。私はただ、花より松が面白かっただけだよ)と言ったと去来抄にある。この芭蕉のとぼけたようなおおらかさを真似て、現代の私たちも発句の呪縛からそろそろ抜け出していい時期でないかと思っている。
*『三冊子』『去来抄』の原文の後ろの( )内は筆者口語訳
参考文献
『俳句私見』山本健吉 文藝春秋 昭和58年1月30日
『芭蕉と現代俳句』林翔 角川書店 平成7年9月1日
『芭蕉百名言』山下一海 富士見書房 平成8年6月30日
『芭蕉の言葉―去来抄新々講』復本一郎 邑書林 平成
11年4月10日
『古池に蛙は飛びこんだか』長谷川櫂 花神社 平成17年6月10日
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