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秋櫻子と素十 ― カノンの検証 〜芭蕉会議(論文を読む会)テキスト〜
谷 地 快 一
 芭蕉会議の論文を読む会では、水原秋桜子の「『自然の真』と『文芸上の真』」をテキストにして「俳句における近代とはなにか」について考えている。だが、何をもって秋櫻子と言い、何をもって素十と言うかを規定しない限り、私どもの議論は空理空論に終わるであろう。
 そこで、試みに「秋櫻子と素十―カノンの検証」という名で、この二人の作品を月別の作品集(テキスト)として編んでみた。二人のどのような作品が、誰によって、正典(Canon)として私どもの前に示されてきたのかを考え、あらゆる先入主を斥けながら、自分自身の眼で両者の作品を吟味し、論文を読む会を稔りゆたかなものにしていただきたい。
 このテキストの採取に用いた書物は以下の三点である。各自が必要に応じて、さらなる撰集から増補して考察の手がかりを増やしてゆかれることを期待する。なお、採取に際して、前書類や各句の季題の認定については暫定的で、再考の余地のあることをお断りする。
 
A:『俳句大観』S46年10月刊/明治書院/著者(麻生磯次・阿部喜三男・阿部正美・鈴木勝忠・宮本三郎・森川昭)/近代執筆は阿部喜三男(秋櫻子30句、素十13句)

B:『近代俳句大観』S49年11月刊/明治書院/監修者(富安風生・水原秋桜子・山口青邨)/編集者(秋元不死男・安住敦・大野林火・平畑静塔・皆吉爽雨)/秋櫻子執筆は能村登四郎(秋櫻子40句)、素十執筆は沢木欣一(素十30句)

C:『日本名句集成』H03年11月刊/学燈社/編集委員(飯田龍太・川崎展宏・大岡信・森川昭・大谷篤蔵・山下一海・尾形仂)/秋櫻子執筆は倉橋羊村(秋櫻子8句)、素十執筆は長谷川櫂(素十8句)
 

◆1月
001 初日さす松はむさし野にのこる松(秋櫻子・初日・B)
002 七福神詣路或は溝に沿ひ(秋櫻子・七福神詣・B)
003 柝が入りてひきしまる灯や初芝居(秋櫻子・初芝居・B)
004 羽子板や子はまぼろしのすみだ川(秋櫻子・羽子板・BC)
   伊勢丹屋上にて(「錦鯉鑑賞会」三句の一)
005 寒鯉はしづかなるかな鰭を垂れ(秋櫻子・寒鯉・BC)
   伊勢丹屋上にて(「錦鯉鑑賞会」三句の一)
006 寒鯉を真白しと見れば鰭の藍(秋櫻子・寒鯉・A)
   ハイデルベルグ
007 雪片のつて立ちて来る深空かな(素十・雪・ABC)
008 雪あかり一切経を蔵したる(素十・雪明かり・B)
009 冬菊のまとふはおのがひかりのみ(秋櫻子・冬菊・ABC)

◆2月
010 春の藻や胸反りのぼる熱帯魚(秋櫻子・春・A)
011 雪どけの子等笛を吹き笛を持ち(素十・春・B)
012 残る雪月黄なる夜を失せにけり(秋櫻子・残る雪・A)
013 湖につづくと思ふ雪間かな(素十・雪間・B)
014 泡のびて一動きしぬ薄氷(素十・薄氷・C)
015 雨に得し白魚の嵩哀れなり(秋櫻子・白魚・A)
   富山県八尾句会
016 片栗をかたかごといふ今もいふ(素十・片栗の花・B)
017 雹のあと蘂真青に梅こぼれ(秋櫻子・梅・B)
018 伊豆の海や紅梅の上に波ながれ(秋櫻子・紅梅・B)
   (「大垂水峠の春」十句の一)
019 鶯や前山いよよ雨の中(秋櫻子・鶯・A)

◆3月
020 捨雛に甲斐の山見ゆ切り通し(秋櫻子・雛・A)
021 春水や蛇籠の目より源五郎(素十・春水・B)
022 この空を蛇ひつさげて雉子とぶと(素十・雉子・B)
023 甘草の芽のとびとびのひとならび(素十・萱草の芽・ABC)
   当麻寺
024 牡丹の芽当麻の塔の影とありぬ(秋櫻子・牡丹の芽・A)
   家人の微恙、漢方薬にて忽ち治癒す
025 陳さんの処方の験や牡丹の芽(秋櫻子・牡丹の芽・B)
   平林寺
026 竹外の一枝は霜の山椿(秋櫻子・椿・B)
   (「十和田湖、蔦温泉」六句の一)
027 折りくれし霧の蕨のつめたさよ(素十・蕨・B)
◆4月
028 わが孫の村嬢と群れて入学す(秋櫻子・入学・B)
029 葛飾や桃の籬も水田べり(秋櫻子・桃・ABC)
030 梨咲くと葛飾の野はとの曇り(秋櫻子・梨の花・AB)
   同廿日棉花句会。四月八日虚子先生御逝去の日を思ふ
031 花吹雪すさまじかりし天地かな(素十・花・B)
032 ある寺の障子細目に花御堂(素十・花御堂・A)
033 百姓の血筋の吾に麦青む(素十・麦青む・B)
034 べたべたに田も菜の花も照りみだる(秋櫻子・菜の花・AB)
   龍安寺
035 方丈の大庇より春の蝶(素十・蝶・ABC)
036 馬酔木咲く金堂の戸にわが触れぬ(秋櫻子・馬酔木・AB)
037 馬酔木より低き門なり浄瑠璃寺(秋櫻子・馬酔木・A)
   三月堂(「大和の春」十句の一)
038 来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり(秋櫻子・馬酔木・AB)
039 苗代に落ち一塊の畦の土(素十・苗代・B)
   (「大垂水峠の春」十句の一)
040 高嶺星蚕飼の村は寢しづまり(秋櫻子・蚕養・ABC)
   百済観音(「古き芸術を詠む」七句の一)
041 春惜しむおんすがたこそとこしなへ(秋櫻子・惜春・B)
◆5月
042 焼岳は夏日に灼けて立つけぶり(秋櫻子・夏・A)
043 吹流し一旒槻も一樹立つ(秋櫻子・吹流し・B)
   (「軽衣旅情」一二七句の一)
044 麦秋の中なるが悲し聖廃墟(秋櫻子・麦秋・AB)
◆6月
045 紫陽花や水辺の夕餉早きかな(秋櫻子・紫陽花・C)
046 春の月ありしところに梅雨の月(素十・梅雨・B)
047 蟇鳴いて唐招提寺春いづこ(秋櫻子・蟇・ABC)
048 代馬の泥の鞭あと一二本(素十・代掻・B)
049 早苗饗の御あかし上ぐる素つ裸(254)(素十・早苗饗・B)
050 葭切の遠の鋭声や朝ぐもり(秋櫻子・葭切・B)
051 蜻蛉うまれ緑眼煌とすぎゆけり(秋櫻子・蜻蛉生る・B)
052 くもの糸一すぢよぎる百合の前(素十・蜘蛛・B)
053 蟻地獄松風を聞くばかりなり(素十・蟻地獄・AB)
054 桑の葉の照るに堪へゆく帰省かな(秋櫻子・帰省・ABC)
◆7月
055 みちのくの朝の夏炉に子が一人(素十・夏炉・A)
056 翅わつててんたう虫の飛び出づる(素十・天道虫・A)
057 引つぱれる糸まつすぐや甲虫(素十・甲虫・A)
   肩の小屋にて
058 雪渓をかなしと見たり夜もひかる(秋櫻子・雪渓・B)
   (「磐梯山と檜原湖」五十句の一)
059 瑠璃沼に瀧落ちきたり瑠璃となる(秋櫻子・滝・A)
   那智山(「惜春海景」五十句の一)
060 瀧落ちて群青世界とどろけり(秋櫻子・滝・AB)
061 端居してただ居る父のおそろしき(素十・端居・C)
062 浜木綿や落ちてはるる鳶の雛(秋櫻子・浜木綿・B)
   (「向日葵と波の群」五句の一)
063 向日葵の空かがやけり波の群(秋櫻子・向日葵・B)
064 颱風の空飛ぶ花や百日紅(秋櫻子・百日紅・B)
◆8月
065 づかづかと来て踊子にささやける(素十・踊・AB)
066 朝顔の双葉のどこか濡れゐたる(素十・朝顔・AB)
067 蓼の花豊の落穂のかゝりたる(素十・蓼の花・B)
◆9月
   会津先生
068 八朔は歌の博士の誕生日(素十・八朔・B)
069 桔梗の花の中よりくもの糸(素十・桔梗・C)
070 萩の風何か急かるる何ならむ(秋櫻子・萩・A)
   赤城水沼口
071 白樺に月照りつつも馬柵の霧(321)(秋櫻子・月・B)
072 門とぢて良夜の石と我は居り(秋櫻子・良夜・B)
   唐招提寺仲秋讃仏会
073 月幾世照らせし鴟尾に今日の月(秋櫻子・今日の月・B)
074 雁の声のしばらく空に満ち(素十・雁・AB)
075 鯊釣や不二暮れそめて手を洗ふ(秋櫻子・鯊・A)
◆10月
   (「最上川と蔵王山」二十句の一)
076 最上川秋風簗に吹きつどふ(秋櫻子・秋風・A)
   (「奥多摩吉野村」五句の一)
077 吊橋や百歩の宙に秋の風 (秋櫻子・秋風・A)
078 啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々(秋櫻子・啄木鳥・ABC)
079 わがいのち菊にむかひてしづかなる(秋櫻子・菊・A)
080 流す菊流るるに降りいでにけり(秋櫻子・菊・B)
   (「軽衣旅情」一二七句の一)
081 薔薇喰ふ虫聖母見たまふ高きより(秋櫻子・虫・B)
   重陽観音菊供養
082 くらがりに供養の菊を売りにけり(素十・菊供養・B)
083 また一人遠くの蘆を刈りはじむ(素十・芦刈・BC)
◆11月
084 もちの葉の落ちたる土にうらがへる(素十・落葉・B)
085 街路樹の夜も落葉を急ぐなり(素十・落葉・A)
086 鉢ながら欅は性の落葉降る(秋櫻子・落葉・A)
   寂光院
087 翠黛の時雨いよいよはなやかに(素十・時雨・B)
088 しぐれふるみちのくに大き仏あり(秋櫻子・時雨・A)
◆12月
089 病みしとき夢かよひしはこの冬田 (秋櫻子・冬田・B)
   手賀沼
090 鴨渡る明らかにまた明らかに(素十・鴨・B)
091 夜の雪の田をしろくしぬ鴨のこゑ(秋櫻子・鴨・B)
092 艶歌師のうしろ真青に鰤の海(秋櫻子・鰤・B)
093 大榾をかへせば裏は一面火(素十・榾・ABC)
   句一歩を悼む
094 僧死してのこりたるもの一炉かな(素十・炉・B)
095 湯婆や忘じてとほき医師の業(秋櫻子・湯湯婆・B)
2007.4.8