鳩の会の会報 31   ホーム
鳩ノ会会報31
兼題 茴香の花・白靴・牛冷す
連歌と浮世とは、捨つるが大事なる
(良基・九州問答)
【茴香の花】 細き姿の美しきセリ科の多年草。花は五弁で、実ならずとも香気を放ち、薬用・香味料。実は秋季で、「湯殿は竹の簀侘しき 芭蕉/茴香の實を吹落す夕嵐 去来/僧やゝさむく寺にかへるか 凡兆」(『猿蓑』「市中は」歌仙)は有名。なお単に茴香とあれば花と判断した。
◎茴香の香れるパンの朝餉かな 三島 菊枝 素直で無駄のなきところ知的なり。
◎茴香に触れて香をまとひけり 有村 南人 「茴香に触れたる香りまとひけり」
◎夫病みて茴香殊に匂ふかな 礒部 和子 茴香の景情よく知る、神経的な句。
◎茴香や病みて頑ななりし子よ 梅田ひろし 「病みて頑な」という質感は重厚。
◎茴香の花に予報のにはか雨 安居 正浩 「予報」も「にはか」も茴香にぴたり。
○茴香の花や吾が丈超へて咲く 大原 芳村 「丈」を言うなら「咲く」不要か。
○茴香の香り豊かにおばんざい 尾崎喜美子 古都を舞台として余情あり。
○背の高き娘に茴香の花そよぐ 根本 文子 すらりとした茴香を知っている人の句。
○茴香の花微笑みて道祖神 三木 喜美 「道祖神」に似合うが「微笑みて」は饒舌か。
○図鑑にて茴香の花知る暮し 五十嵐信代 「暮し」は大げさかナ。
○茴香の香懐かし母の里 天野 さら 素直なり。
 妻の母介して知るや呉の母 岡田 光生 クレノオモは茴香の別名。それを学んだ。
 曇り日も香を秘め茴香すっと立つ 西野 由美 「も」は「の」に。
 茴香咲く里に廃屋また一つ 松村  實 「廃屋」は似合うが「また」不要。
 ウイキョウの一群の中に潜むもの 水野千寿子 茴香の効果が出ていない気がする。
 茴香の花の冠漂ひて 小出 富子 景あれど、情うすし。
 マジョリカにばさと茴香活けてをり 堀口 希望 彩画の「マジョリカ」に似合うが下五淡白。
 外つ国で風の別れや花茴香 大江 月子 「風の別れ」難解。
   稽古の花材とて    
 谷わたり茴香の花鳴子百合 吉田いろは 「鳴子百合」は捨てようか。
 茴香の小花の写真黄色の群 平岡 佳子 景あれど、情うすし
 葉はアート花は脇役茴香花 天野喜代子 説明のみに終わった。
 夕風に迷ひ茴香の花の揺れ 櫻木 とみ 夕風が迷うほうがよいのでは。
 茴香の小さき傘は風含み 尾崎 弘三 「小さき傘」と見たところに情あり。
 茴香や風で倒れて実りなし 竹内 林書 事実でも、可哀想なだけの句作りはやめよう。
 茴香の花見て買はぬ宝くじ 市川 千年 取り合わせ難解。
 茴香の花かぐわしき夢の中 中村  緑 この「夢」は睡眠か、夢心地か。
 茴香に打ち水のしずく今日思ふ 椎名美知子 「今日思ふ」が読者に届かず。
 想像の域を出ず茴香の花 青柳 光江 見慣れぬ季題で困らせて恐縮。
 茴香の畑の中から「まあだだよ」 高本 直子 「茴香」の景情が活かされていない。
 雨湛え茴香の花小宇宙 植田好太郎 下五不要。そもそも句は小宇宙だから。
【白 靴】 白い革靴やメッシュの靴は夏のおしゃれ(であった)。
◎白靴をスリッパに替へ入院す 中村  緑 せめて病院までは凛々しくと。
◎白靴をきちんと並べ里帰り 根本 文子 新しいのは靴だけではないのであろう。
◎合宿の白靴山のやうにぬぎ 小出 富子 「山のやうに」がすぐれた描写。
◎俳諧は医師のたしなみ靴白し 市川 千年 すこし昔の句会の景色。
◎白靴もほめてバレーの発表会 五十嵐信代 この場合、「も」が有効とみた。
◎白靴を揃え演技の鼓笛隊 櫻木 とみ 学校にしろ家庭にしろその予算は大変であった。
◎白靴のゆふかぜ蹴散らして帰る 梅田ひろし 「ゆふかぜ蹴散らして」とは美し。
◎白靴の脱がれたままに月明かり 椎名美知子 「脱ぎ散らかれる」
○白靴や一年振りの友に会ふ 堀 眞智子 毎年夏には会うことにしている。
○フォークダンスの踵恥ぢらふ白き靴 植田好太郎 「踵」と「白き靴」の重複再考。
○白靴の汚れ踵に乾きけり 大原 芳村 白靴の一日は無事終わった。
○白靴や今日のデートは千疋屋 有村 南人 「千疋屋」が動く、などと言えば野暮だろう。
○白靴を履くや峠の富士浮かぶ 天野 さら 「峠に富士浮かべ」ではどうだろう。
○履きそめし白靴に雨しぶきけり 三島 菊枝 景情確かだが、弱し。
○流行の白靴眩しウインドウ 三木 喜美 景情確かだが、弱し。
○空近くまで行きたくて白い靴 吉田いろは メルヘンの創造。
○似合はぬと知り白靴で行く銀座 安居 正浩 銀座の夏は白靴でゆくということか。
○履かれざる父の白靴磨きけり 堀口 希望 「履かれざりし」と形見の句にしてはだめか。
○木陰行く白靴いつかスキップし 尾崎 弘三 平明なれど誰もが頷く情景。
 白ズックの雨に湿りて与謝の海 松村  實 「与謝の海」が初五中七に馴染むや否や。
 白靴や子の反抗期気にかかり 水野千寿子 「気にかかり」を捨てられれば詩になる。
 白靴に黒いかささす日は午なり 青柳 光江 「日は午なり」を捨てられれば詩になる。
 ペタルふむ白靴のむれ一直線 天野喜代子 「一直線」を捨てられれば詩になる。
 白靴が玄関にあり声聞こゆ 西野 由美 「声聞こゆ」を捨てられれば詩になる。
 白靴でグリーンに集ふ諸先輩 岡田 光生 白靴とグリーンの関係だけを描きたい。
 白ぐつやそそらそらそらウサギのダンス 大江 月子 自他場を明らかにしたい。(注)を参照。
 白靴の代りに草靴の戦時中 平岡 佳子 心余りて、言葉足らずの例か。
 弟の白靴のあり母の家 尾崎喜美子 「のあり」にもう少し説明がほしい。
 少女の白靴が光る雨後の道 竹内 林書 「少女」「が光る」を捨ててみようか。
 白靴をあげてカメラに旅の顔 礒部 和子 難解なり。
【牛冷す】農耕で疲れた牛の疲労回復。馬でも本意は同じ。
◎沛然と雨泰然と冷し牛 松村  實 「沛然と」は雨の盛んなる形容。韻律もよい。
◎耳だけを動かしてゐる冷牛 大原 芳村 耳の動きは心地よさの表象。類句やや心配。
◎小流れに牛冷しゐる母郷かな 堀口 希望 「小流れ」と牛の配合美しく、懐しく。
◎一幅の墨絵のなかに牛冷やす 植田好太郎 画幅に世界を求めたところ面白し。
○川下の木蔭に引いて牛冷やす 根本 文子 こうした事実はたしかにあろう。
○垣根越し晩鐘聞きつつ牛冷す 水野千寿子 豊かな一日がこうして終わるのだ。
○牛冷すつぶらな瞳覗きつつ 三木 喜美 もの言わぬ牛の心を確かめつつ。
○牛洗ふ農夫優しき目をみせて 小出 富子 牛の眼の優しさが農夫にもうつるのであろう。
○牛の目にやさしさやどり冷やされし 安居 正浩 「やどり」を「戻る」とせば時間も出る。
○広き背に光る水草冷し牛 吉田いろは 「水草」が印象的なり。
○牛冷やす三々五々村の瀬に 尾崎喜美子 素直な景。但し一音不足。
○藁まるめ牛の背洗ふ日暮れかな 尾崎 弘三 「藁まるめ」で説明しすぎになった。
○勝ち名のりうけ息荒き牛冷す 三島 菊枝 牛の角突きなどの景であろう。
○夕暮の川辺で牛を洗ひけり 竹内 林書 こうした当たり前の描写を続けて下さい。
○由良川の浅瀬で牛を冷す村 平岡 佳子 「浅瀬に」としようか。
○遊ぶごとし童はホースで牛冷す 五十嵐信代 景は新鮮だが、初五は再考か。
 牛冷す皆静かなり父息子 岡田 光生 「皆」捨てるべきか。
 牛洗ふ人に牛にも通り雨 大江 月子 「牛にも」を捨てたい。
 冷し牛じっと水辺に何想ふ 天野喜代子 「じっと水辺に」を捨てたい。
 クワイ川タイの夕暮れ牛冷す 礒部 和子 「タイの」を捨てたい。
 はらみ牛自らゆっくり冷やす沼 櫻木 とみ 趣向が過ぎたか。
 なすがまま子に洗はるる冷やし馬 梅田ひろし 「なすがまま」か「子」のどちらかに軸足を。
 冷やし牛重き体で流れ圧す 西野 由美 「流れ圧す」という表現落ち着かず。
 泥乾く砂利道降りて牛冷す 市川 千年 初五中七と下五に緊密感乏し。
 牛冷やす以心伝心人と牛 天野 さら よくわかるが、「以心伝心」で通俗的になった。
 浅間山煙かすかの牛冷す 中村  緑 「煙かすかの」の効果危うい。
 牛冷やす川面も人もモノトーン 椎名美知子 「モノトーン」にこめるもの不安定。
 声かけて労をねぎらい牛冷す 青柳 光江 農夫と牛とであろうか。
(注)自他場 自は作中人物自身の心情を描いた句。他は作中人物の言動や心情を外部からみて描いた句。場は心情を描かない句、つまり景色。むろん、これらが入り交じる場合もあり。
海紅切絵図
花つけて茴香いよよ細かりし 海 紅
白靴の会はねば済まぬ一事態
吹きそめし風に機嫌や冷し牛
 
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