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紹介と書評 |
◆ 奥山酔朴著『歌文集 風雲去来』を読んで |
吉田久子 |
二十年余の作歌歴を持つ奥山さんが待望の第一歌集を出版された。一風変った装丁の歌集を手に取ったとき、一瞬はっとした。表紙と裏を見ていくうちに、この一冊全体の手触りのようなものが心にじんと沁みてきた。自分史の記録とも言う歌文集である。
短歌は『逃水』掲載の昭和六十二年から平成二十一年までの作品が、文は主に所属する複数の会への掲載作品が、それぞれ年代別に収められている。
風といふ
運の起こりき
縁といふ
雲の去来す
海に漂ふ
「まえがき」にあるこの象徴的な歌が、牧水に心酔してきた作者の本書に込めた思いと詩心を伝えている。実に多くの地を訪ね歩き、「旅と酒」を歌っている。その情熱と健脚ぶりは驚くばかりだ。
・修羅抱く思ひ悔ゆべき泥沼に蓮の開く朝のよそほひ
最も心魅かれた歌。修羅と悔恨を詠ってなお清冽な美しさが匂うようである。
・友を呼ぶことさへ出来ぬこの家に我の心を知りたるか君
・耐へに耐へ言葉荒げしその日から弱く寂しき義父の後ろ背
・虫の音の闇夜の中に子の行方案じてをりぬ策無く黙し
・風花はふるさとにゆく幻か拙き運に 耐へて来し父母
・はねられて何度も何度も轢かれ行く猫の骸が塵と消え果つ
・憧れの飛翔にあらず刎ねられて数歩を走る鶏の性
・面白うて何故か空しき猿芸のいよよ桜が満開の下
・体内の闇の彼方に闘ひの静かに続く細胞ありき
・偽りて会社を休み職安の桜見あげつつ独り泣く春
家族との葛藤や苦悩、子への願いを率直に詠う。運不運、愛と憎悪、有縁無縁、生と死、健康と病、美醜、善悪、幸不幸、貪欲と禁欲、個と組織など対立的思想をベースにした歌が多く見られる。生き物を詠って、観察眼と対象への視線が独自である。
・燃え尽きて湯浴みするかや百日紅雀の宿に雨降りやまず
・湯に浸り雪降りしまく窓外の闇に向かひてオカリナを吹く
最近はご夫婦での温泉巡りの歌も登場し、新境地を見せている。
作者は東洋大学俳文学研究会の創立メンバーで、長く献身的に会を運営されてきた。毎回、会報誌にちょっと素敵な(平成奥の細道風)紀行文が掲載されているが、この吟行句を交えた文が好評で、私もファンの一人である。本書にある何篇かの旅に同行した折のことなど、懐かしく思い出している。
それから、奥付に紹介の「職歴」がすごい。職種の多様さに圧倒されつつ、物書き奥山酔朴の姿が鮮やかに浮かんできた。
【附記】歌文集『風雲去来』は渓声出版(平成21年7月7日)刊。
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